今福村(入間郡・河越領)

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今福村は河越城より未(南南西)の方一里六町(約4.58㎞)許にあり、江戸よりは九里半(約37.31㎞)の行程なり、三芳野郷山田庄に属す、村の広狭東西十八町(約1.96㎞)、南北十二町(約1.31㎞)、東は砂久保・下松原の二村に並び、南は中福村にて、西北は河越城下町に隷する新開の耕地に接せり、村内二条の往来あり、一を新河岸道と云、一を越生道と呼ぶ、当村は承応年中(1652年~1655年)近村大塚新田の民、佐左衛門たるもの首として墾闢し、延宝三年(1675年)松平伊豆守が検地にて、租米の数を定めしと云、今は松平大和守が知る所なり、民家は百九軒あり、

高札場

村の中程にあり、

年とらず川

村の中央を流る、川幅三間(約5.45m)許、

天満宮

村の鎮守なり、明見院の持、

明見院

天台宗、小仙波村中院の末、桜雲山寛窓寺と号す、本尊は弥陀の坐像なり、

観音堂

十一面観音を安置す。