トランプ政権の国家サイバー戦略(2026年3月)

目次

2026年3月6日、米トランプ政権の国家サイバー戦略(President Trump’s CYBER STRATEGY for America MARCH 2026)が公表された。

ホワイトハウスでの公表投稿: White House Unveils President Trump’s Cyber Strategy for America

サイバー戦略本文: President Trump’s CYBER STRATEGY for America MARCH 2026

内容を整理していく。

アメリカのサイバー空間における地位の自任

まず、現状として、アメリカは自らを、サイバー空間の 「生みの親」 であり、 「世界最強の力を持つ先駆者」 であると明確に自負している。

その上、で将来に向けて、現在の優位性を維持するだけでなく、 「圧倒的な支配力の確立」「アメリカの価値観による秩序形成」 を掲げている。

つまり、これまでも、そして、これからもアメリカはサイバー空間でも「世界史上、最も強く、最も自由で、最も偉大な国」であり続けると宣言している。

脅威について

アメリカの安全にとっての「脅威」として、脅威となる主体、攻撃などの手法、技術的な脅威を整理している。

脅威の主体 (Who)

  • 敵対者およびサイバー犯罪者: 権威主義の推進や民主主義の抑圧のためにサイバー空間を悪用する存在 。
  • 洗練された軍事・諜報機関: アメリカの市民や企業を標的とする高度な能力を持った国家組織 。
  • ハッカーおよびスパイ: ネットワークへの侵入や情報の窃取を試みる個人や集団 。
  • 無法な外国のハッキング企業: 法を無視してサイバー攻撃に関与する営利組織 。
  • オンライン詐欺師: 経済的な利益を目的として国民を標的にする者 。
  • 国際的な麻薬テロリスト: 国家の安全を直接的に脅かす犯罪者 。
  • 敵対的なベンダーや製品: サプライチェーンにリスクをもたらす外国企業やその製品 。

攻撃・妨害の手法と現象 (How)

  • サイバー犯罪と知的財産の窃盗:
  • オンライン・スパイ活動: 機密情報を盗み出す諜報活動 。
  • 破壊的なプロパガンダと影響工作: 世論を操作し、社会の混乱を招く宣伝活動 。
  • 文化的転覆 (Cultural Subversion): アメリカの価値観や社会基盤を内側から崩そうとする試み 。
  • 重要サービスの停止: 医療、銀行、食料供給、水処理などの市民生活に不可欠なサービスの妨害 。

技術的な脅威 (Technology)

技術の進歩による新しい脅威として、下記を挙げている。

  • 監視国家と権威主義的技術: 市民を監視・抑圧するために利用されるテクノロジー 。
  • 「低コスト」AIとデジタル技術: 検閲、監視、思想的偏向(バイアス)が埋め込まれた他国製の技術 。
  • ユーザーを誤導する 外国のAIプラットフォーム: ユーザーを監視し、誤った情報を流すプラットフォーム 。

標的とされる分野

脅威にさらされる分野、標的となる分野として、下記のインフラやシステムを列挙し、保護の対象としている。

  • 重要インフラ: 送電網、金融・通信システム、データセンター、水道、病院など 。
  • サプライチェーン: 情報技術(IT)および運用技術(OT)の供給網 。
  • 連邦政府のネットワーク: 老朽化したインフラを含む政府の情報システム 。
  • 国民の日常生活: 日用品の価格上昇や、経済的機会の損失を招く経済への打撃 。

「サイバー領域に留まらない対応」について

サイバー戦略では、「サイバー領域に留まらない対応」をとることを明言している。

We will not confine our responses to the “cyber” realm.

サイバー攻撃に対する代償(コスト)を引き上げるため、サイバー技術以外の手段も含む「全政府的」なアプローチを強調している。 これらの「サイバー領域を超えた」対応の主な目的は、敵対者が アメリカを標的にすることを「割に合わない、危険なビジネス」に変えること だ。 単なる技術的な防御に留まらず、物理的、経済的、外交的なあらゆる手段を組み合わせて、敵対者の能力を削ぎ落とし、攻撃の抑止を目指す 。

敵対者の攻撃に対する代償を引き上げるために、 外交、通商、および軍事作戦を通じた国際的な関与を含む、 「あらゆる国家権力の手段(all instruments of national power)」 を行使を明言した。

具体的には、次の行動を挙げている。

  • 法的措置と制裁: ハッカーやスパイを追跡し、不法な外国のハッキング企業に対して制裁(サンクション)を科す。
  • 外交・情報戦: オンラインのスパイ活動やプロパガンダ、文化的転覆工作などを暴露し、公に恥をかかせる(unveil and embarrass)といった情報工作的な対応をとる。
  • 官民連携: 産業界、学術界、政府、軍の間のインセンティブを調整し、国家の総力を挙げた防御・反撃体制を構築する。

重視する新しい技術

AI、次世代のセキュリティ基盤、フィンテックと分散型技術、運用技術(OT)と重要インフラ技術の4つを、重要かつ新興の技術(Critical and Emerging Technologies)と位置づけた。

AI(人工知能)の積極的活用と保護

AIは、単なる効率化の道具ではなく、サイバー空間における「攻撃と防御の主軸」と位置づけている。

  • 自律型AI(Agentic AI)
  • 生成AI(Generative AI)
  • AI技術スタックの保護(AIを支えるデータ、インフラ(データセンターを含む)、およびモデル自体の安全を確保)
  • AIを活用したサイバーツール

次世代のセキュリティ基盤

  • 耐量子暗号(Post-quantum cryptography)
  • ゼロトラスト・アーキテクチャ(Zero-trust architecture)
  • クラウド移行(Cloud transition)

フィンテックと分散型技術

  • 暗号資産とブロックチェーン

運用技術(OT)と重要インフラ技術

  • 情報・運用技術(IT/OT)のサプライチェーンの安全確保

6つの行動の柱(Six Policy Pillars)

脅威から資産をまもり、新しい技術に対応するため6つの柱を示している。 アメリカの圧倒的な「力」をサイバー空間でも確立し、敵対者に対して先制的な行動をとることが基本姿勢である。

敵対者の行動を形成する (Shape Adversary Behavior)
国民や企業を孤立させず、政府の総力を挙げて敵対者の能力を削ぐことを目的とする 。

常識的な規制を推進する (Promote Common Sense Regulation)
セキュリティを「形式的な手続き」から「実効的な行動」へと転換させる。

連邦政府ネットワークの近代化と安全確保 (Modernize and Secure Federal Government Networks)
政府自らが最新技術を導入し、防御のモデルケースとなる。

重要インフラの安全確保 (Secure Critical Infrastructure)
電力、金融、通信、医療など、国家の基盤を守る。

重要・新興技術における優位性の維持 (Sustain Superiority in Critical and Emerging Technologies)
次世代技術においてもアメリカが支配的な立場を維持することを確実にする。

人材と能力の構築 (Build Talent and Capacity)
サイバー人材を国家の「戦略的資産」として育成する。

気になる点

日本への影響

トランプ政権のサイバー戦略では、サイバー空間においても同盟国にも「より大きな負担(Greater share of the burden)」を求めている。

攻勢的サイバー作戦への同調、サプライチェーンからの「敵対的ベンダー」排除、規制緩和と防衛予算の増額などを、日本が要求される可能性がある。

規制からインセンティブへ

バイデン政権が発表したサイバー戦略(NATIONAL CYBERSECURITY STRATEGY MARCH 2023)では、規制 (Regulation)によるサイバーセキュリティの強化に重点を置いていた。それに対して、トランプ政権のサイバー戦略では、規制は緩和し、インセンティブによるサイバー戦略の強化にシフトしている。

インセンティブを「政府が民間をコントロールする手段」ではなく、 「民間が持つ圧倒的な才能と独創性(ingenuity)を、国家防衛のために引き出すための触媒」 として定義し、インセンティブ(動機付け・優遇措置)を、 「民間部門の力を解き放ち(unleash)、能動的な防衛体制を築くための主要なツール」 として非常に重視し、 「企業が自発的に、あるいは利益のために動く仕組み」 を作ることを強調する。

たとえば、過度な規制が企業の対応を遅らせる「コストのかかるチェックリスト」になっていると批判し、負担の大きい規制を撤廃し、合理化することで、企業が自らの判断で迅速にイノベーションやセキュリティ強化に取り組める環境を整備するとしている。

具体的にどのようなインセンティブ、利益が付与されるか不明であるが、インセンティブによって、企業や個人がより積極的、自発的にサイバーセキュリティに関与するようになるのであれば、そのこと自体は悪いことではないと考えられる。

他方、規制緩和だけが先行し、インセンティブが十分でない場合や、企業・個人が、規制遵守に替わる適切な対処策を取れない場合には、サイバーセキュリティが確保されず、結果として、サイバー空間の安全が損なわれる可能性もありうる。

最後に

トランプ政権はバイデン政権と比べて、迅速にサイバー戦略を公表した。バイデン政権は、2021年1月に発足し、2023年3月にサイバーセキュリティ戦略を公表したのにたいして、 トランプ政権は、2025年1月に発足し、2026年3月にサイバー戦略を公表した。

この差が、大統領個人の指向性によるものか、サイバー空間自体の重要性が増したことに起因するのかはわからない。いずれにせよ、戦略が早期に示されたことは歓迎すべきことなのだろう。

トランプ政権のサイバー戦略の善し悪しを論じるほどの知見も影響力もない身としては、この戦略を所与のものとして、上手く対処していくことべきなのであろう。