亀ヶ谷村(入間郡・河越領)

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亀ヶ谷村は川越城の南四里(約15.71km)を隔てあり、江戸より行程七里(約27.49km)、此村は万治二年(1659年)開墾の地にして、元は山田庄に属せしが、今は庄名を唱へず、川越領とのみ云村の四方東は坂の下村に境ひ、南は本郷村に隣り、西は多磨郡日比田村にて、北は又当郡南永井村なり、東西八町半(約927.27m)、南北四町(約436.36m)余、民家二十六、爰も陸田のみなり、検地は延宝三年(1675年)にて領主は松平大和守なり、

高札場

村の中程にあり、

稲荷社

村民の持なり、

普門院

新義真言宗、多磨郡成木村安楽寺末、亀谷山と号す、本尊は不動なり、

閻魔堂