川崎村(入間郡・河越領)
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川崎村は郡の巽(南東)にあり、三芳野郷仙波庄に属せり、村の形三方は新河岸川にて、村の地先川へさし入たる如くなれば此名を得たり、江戸より行程十二里(約47.12km)、東は新河岸川を境ひて古市場村に接し、北は又川を隔てゝ木の目村に交り、南の方は福岡村に続き、又川に傍ひたる所もあり、西は寺尾村に隣れり、東西南北共に五丁(約545.45m)余、前にも云如く川に傍ひたる村にて、地形は片下なれば水損多し、民戸二十七、水田少く陸田多し、水利宜からざれば天水を仰て耕作をなせり、風俗は重陽の佳節1を(九月)十五日に祝ふを常とす、検地は前村に同じ、御打入の後一旦榊原八兵衛に賜りしが、後川越城附の村となりしより今も替らず、
高札場
中央より少しく南によれり、
小名
東
南
新田
新河岸川
西の方寺尾村より、北の方村境を東に流れて、福岡古市場両村の境に沃げり、川幅八十三間(約150.89m)ばかりなり
氷川社
当所の鎮守なり、村民持、
末社 稲荷社 疱瘡神社 天王社
弁財天社
是も村民の持なり、
白山社
当社は元福岡村にありて、治右衛門の持なりしが、彼此地へうつりしころ、社をもこゝへうつせしといへり、
弥陀堂
本尊は長二尺五寸(約75.75cm)、石にて作れる立像なり、行基の作なりと云伝ふれど、古色にも見えず、村民の持なり、
脚注
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旧暦九月九日(現在は主に新暦十月)に不老長寿や無病息災を願う「菊の節句」 [戻る]