砂村(入間郡・河越領)
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砂村は郡の巽(南東)にあり、三芳野郷仙波庄に属す、江戸より行程凡九里(約35.34km)、民戸五十八、四隣東は新河岸川を堺として、南田島村に及び、西は砂新田に続き、南は寺尾村に接し、北は扇河岸及び大仙波の二村に至れり、東西八町(約872.7m)、南北七町(約763.6m)余、西南一里(約3.93km)を隔てゝ鶴岡村に飛地あり、水田少く陸田多し、当村も川越城付の地にして、検地は松平美濃守・秋元但馬守等領せし頃糺せし由、明和年中(1764年〜1772年)松平大和守が領分となりしより今も替ず、
高札場
東よりにて勝光寺の前にあり、
小名
わせ瓜
秋元但馬守が領分たりし時、瓜を作ることを命ぜし故、名づけしと云、
桑野原
西原
中道筋
新河岸川
村の東を流る、北の方扇河岸より入、東の方上新河岸へ落つ、川幅二十四五間(約43.64m〜45.45m)、
氷川社
此辺の鎮守、勝光寺の持なり、下二社同じ、
弁天社
牛頭天王社
神体は松平伊豆守が家人、松田権太夫が造れる所なる由なり、
勝光寺
天台宗、仙波中院の末、寂光山平等院と号す、本尊十一面観音、左右に不動毘沙門を置り、寛永十七年(1640年)円海法印起立せり、慶安二年(1649年)六月九日示寂す、
弥陀堂
本尊は慈覚大師の作にて長四尺(約121.2cm)余、寺尾村弥陀堂の本尊と同作なりと云、勝光寺持、