南田島村(入間郡・河越領)
南田島村は河越城の南にあり、三芳野郷山田庄に属す、【北条役帳】に備中殿四十五貫文入東田島と記すを見れば、南の字を冠らしめしは後のことゝ見ゆ、江戸より行程十二里(約47.12km)、村の広さ東西へ九丁(約981.82m)、南北十丁(約1.09km)許、東の方九十川を限りて並木村に隣り、南は牛子・木野目の二村に交り、艮(北東)の方大仙波・大中居の二村に及び、西は西川を界とし、対岸は砂村なり、水田のみにて家数七十余、検地は天正二十年(1592年)(文禄と改元)正月七日、慶安元年(1648年)・同三年(1650年)・明暦二年(1656年)・寛文十一年(1671年)・延宝五年(1677年)・貞享二年(1685年)等数度ありしと云へり、慶安三年(1650年)以下の改は後暦開きたる新田の検地なるべし、当村永禄(1558年〜1570年)の頃は小田原家の所領なり、御打入の後正保年中(1644年〜1648年)は松平伊豆守・酒井内記・榊原八兵衛が知行なる由ものに見ゆ、何の頃よりか城付の地となりて、今松平大和守領す、
高札場
村の西へよりてあり、
小名
かんとうしろ
ぼたい
ばすま
ふつはり
はちかいと
なけいた
かちばし
高とうす屋敷分
一丁島
九十川
大中居村より来り、牛子村へ流る、川幅十五間(約27.27m)より二十間(約36.36m)に至る、川岸に堤を築きて水溢に備ふ、
西川
大仙波村より村の西境を流れ、末は九十川に介す、
田島橋
村の坤(南西)の方二流落合し所に架す、長さ六間(約10.91m)なり、
氷川社
天和二年(1682年)仙波喜多院境内に祀れる氷川を勧請すと云、村の鎮守にて薬王寺の持、
第六天社
同寺の持、
弁天社
神明社
稲荷社二宇
雷電社
山王社
以上共に村民の持、
薬王寺
金光山宝勝院と号す、天台宗、仙波中院の末なり、開山栄仲、正保二年(1645年)閏五月十七日示寂す、弥陀を本尊とす、
薬師堂
薬王寺の持、