川辺村 附新田(入間郡・山口領)

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川辺村は河越城より坤(南西)の方にて四里半(約17.67km)を隔つ、江戸より九里余(約35.34km)の行程なり、家数十七、東は打越村に隣り、南は菩提木・新堀・氷川の三村に接し、西は大鐘・堀口の二村にて、北は北野・打越の二村に界へり、東西三町(約327.27m)許、南北も亦同じ程なり、水田少く陸田多し、此村も昔は山口村の内なりしことは既に新堀村に弁ぜり、地頭は今長田十之丞なり、其賜はりし年代はたしかならざれど、村東に屋敷跡ありてかの先祖の住居せしよし云伝ふれば、寛永(1624年〜1644年)年前賜ひし知行なるべし、当村より北方一里(約3.93km)程を隔て新田あり、川辺新田と云、本村持添の地にしてこゝは御料所なり、

高札場

村の中程にあり、

小名

しめ榎

八割

とうのゝめき

川辺坂

柳瀬川

大鐘村より入て村の中間を流れ、末は打越村へ達す、川幅四五間(約7.27m〜9.09m)、

川辺社

当社元は千方明神と号せしを、故あつて今の如く改めしと云、祭神詳ならず、村の産神なり、

正知(智?)庵

八幡山と号す、本尊十一面観音を安ず、此所へ庵を結びはじめし僧を白瑛と云、宝暦七年(1757年)七月十三日寂す、 古碑三基あり、建武(1334年〜1336年)文明(1469年〜1487年)等の碑なり、