高倉新田(入間郡・未勘)
公開日:
高倉新田は川越城より乾(北西)にあり、享保年中(1716年〜1736年)御代官荻原源八郎開発せる時、高麗郡高倉村の民小川を氏とせるもの開墾の事を扱ひたれば、彼が本村の名をもて新田の唱となせしと云、東西二十町(約2.18km)、南北七八町(約763.64m〜872.73m)、東は高麗郡臑折村に境ひ、南は同郡三つ木新田にて、北も同高倉村に続き、西は本郡森戸新田に接せり、民戸十軒皆畑の地なり、開発以来御料所なり、
高札場
熊野社
浅間社
共に村の鎮守にして、村民持、