竹之内村(入間郡・入西領)
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竹之内村は家数十六軒、【北条役帳】に左衛門大夫知行十六貫四百三十四文、入西郡竹内高麗郡塩屋分とあり、竹内はこゝのことなるべければ旧き名なり、御入国の後朝比奈三之丞に賜はり、元禄(1688年〜1704年)の比まで相伝へけるが、子孫伊織が時御料所となり、享保年中(1716年〜1736年)に至りて逸見出羽守に賜はり、今其子孫栄助知行せり、村の四境東は堀籠村に隣り、南は小山・善能寺の二村に接し、西は長岡村にて、北は北浅羽村なり、艮に今西村の地少しく係れり、東西五町(約545.45m)、南北は纔に一町(約109.09m)許なり、水田は少しくして陸田は多し、検地は慶長二年(1597年)六月改しと云のみにて、奉行の姓名を伝へず、
高札場
村の中程にあり、
小名
北田島
堤崎
阿弥陀下
入歩町
薬師前
昔此辺に薬師堂ありしが、いつの頃か隣村長岡へ移せしと云、
稲荷社
村の産神とす、百姓持、
神明社
二ヶ所共に百姓持、