津久根村(入間郡・越生領)
目次
津久根村は川越城の乾(北西)の方五里(約19.64km)を隔つ、江戸より十六里(約62.84km)の行程なり、高麗領に属す、家数四十八、東は黒岩村に隣り、南は上野村に界ひ、西は小杉村に接す、北は堂山村及比企郡古池村の内田代と云所、又本郡成瀬村等の地に隣り、越辺川を界とす、東西九町(約981.82m)に余り南北も又九町(約981.82m)ばかり、陸田多くして水田は少く、水旱ともに患なし、村の内に二条の道あり、共に上州への往来なり、当村昔は川越城附の地なりしが、延享四年(1747年)より田安殿の領知となれり、検地は寛文八年(1668年)成瀬八左衛門ただす、又貞享四年(1687年)大久保平兵衛ただして改出の地あり、遥の後安永六年(1777年)にも検地あり、土地梅に宜く梅の樹を多く植ゆ、実を取て梅干として江戸へ送る、此辺皆同じけれどことに当村に多しと云、古は漆を多く植えて其税を出せしかど、今は税のみ出して漆をば植ず、
高札場
村の中ほどにあり、
小名
清水
若宮
中堀
小松原
かちのいり
西嶺
久松のいり
たかとうし
梅木久保
番匠谷
四ツ谷
中丸
かりまた久保
とうきやしき
つくねいり
とんひのす
うすいの下
弥六ヶ谷
大平
笹山
ままの山
柳沢
梵天河原
箭先
山
衆山並び立てるが中に、長久保山・畑の平・障子岩・大黄八嶺・扇畑・小松原など字せる山々は、いづれも上り三四丁(約327.27m〜436.36m)許もあるべし、この余昔砥石を出せし山なりとて、砥山といへる山あれど、其品下等なるをもて、今は砥石をいださずと云、
越辺川
小杉村よりいり、黒岩村の方へ通ず、川幅十四五間(約25.45m〜27.27m)、石川にて鯚魚生ず、水中の所々に自然石側立ちたれば水飛激して響をなせり、又此流の中に隣村堂山へ通歩行渡しあり、
八幡社
土人此社地を八幡森と呼ぶ、神体は径六寸(約18.18cm)許の円鏡の如き物にて、中に神像を欵す、高蔵寺の持、
末社
稲荷社
天王社
石神社
山神社
八幡社
高蔵寺
新義真言宗、堂山村最勝寺末、如意山地蔵院と号す、開山頼慶天正元年(1573年)寂す、当寺も地蔵堂なりしが、のちに一寺となりといふ、今も地蔵を本尊とせり、
勢至堂
観音堂
如意輪観音を安ず、百姓の持、
薬師堂
これも百姓持、