志垂村(入間郡・河越領)

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志垂(シタレ)村は河越の北に当り、十四町(約1.53㎞)を隔つ、江戸への行程十二里(約47.12㎞)に余れり、山田庄に属し、三芳野里と云、東は府川村に隣り、南は向小久保・宿粒の二村に錯り、西より北に至りては宿粒村なり、東西四町(約436m)余、南北五町(約545m)余、民戸二十七、水田多く陸田少し、用水は上寺山村にて、入間川を堰入れ引来り、或は宿粒村の池よりも引て沃げり、水旱共に患なし、村内西の方に河越より比企郡松山へ通ふ道あり、南の方宿粒村より入て、又北の方同村に通ず、領主及び検地の年代前に同じ、

高札場

村の中央より少く南にあり、

小名

そり町

木曾目前

大段田

宮ノ下

深町

山王社

府川村八幡の神主原摂津持、

安養院

天台宗、仙波中院の門徒なり、九品山極楽院と号す、記録に寛永八年(1631年)秀海と記せしものあり、是歴代の内なりと云へば、其頃は巳に開けしこと知べし、本尊弥陀を安ず、境内に古碑あり、応永十九(1412年?)□八月と彫る、

多門院

是も同門徒なり、安養院より兼住す、幼名山と号す、