水野村(入間郡・河越領)
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水野村は河越城の坤(南西)三里(約11.78㎞)にあり、村の四境東は堀金村に接し、南は北田新田及近郷入会の新田に界ひ、西は藤沢村、北は南北入曽の二村なり、当村も昔は武蔵野の地にて、最後に開きて始は御料所に属せしを、秋元但馬守喬朝が河越城主たりし時(1711年~1714年)より、城附の村になし賜ひしと云、検地は元禄五年(1692年)の改めなり、
高札場
村の東によりてあり、
小名
本堀
野村
宮原
末無川
僅なる細流にして村内を流、やがて地中に入て流末さだかならざれば、末無と云名はおこりしといふ、
浅間社
八幡社
二社共に村民の持、
奇特者忠助
里正忠助が祖父なり、水野を氏とす、平常村民を教諭して農業に心を用ひたれば、天明二年(1782年)領主松平大和守より黄金若干を与へ、又其身一代は苗字を唱へ、帯刀をゆるせしといへり、