下富村(入間郡・河越領)

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下富村は川越城よりの方位前村に見えたり、江戸より八里半(約33.38km)の行程なり、庄領の唱へ等なべて前村に同じ、東西一里(約3.93km)余、南北八町(約872.7m)余、東は上富村に境ひ、南は中富村に続き、西は北田新田に接し、北は上赤坂村に及べり、民家七十八軒、こゝも陸田のみなり、此村は今の名主広右衛門が先祖某、元禄年中(1688年〜1704年)大袋新田より来て開発し、同(元禄)十九年 1 領主松平美濃守検地し、夫も代り秋元但馬守領分となり、後松平大和守領分となり今も然り、

高札場

村の中程にあり、

稲荷社

村民の持、

脚注

  1. 元禄十九年(1706年相当)とあるが、元禄は十七年までしかない。また、松平美濃守(柳沢吉保)は宝永二年(1705年)の年初に、甲斐へ国替えとなったため、元禄十九年(1706年)に下富村の検地を行ったとは考え難い。元禄九年の間違えではないだろうか? [戻る]