牛子村(入間郡・河越領)

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牛子村は郡の艮(北東)にあり、三芳野郷仙波庄と唱ふ、開墾の始めを伝へざれど、元和四年(1618年)の頃のものに牛子新田村と記したれば、其頃近く開けし地なるにや、江戸より行程九里(約35.34km)余、村の四境東は木野目村にて、西より乾(北西)の方は上下新河岸に境ひ、南は川崎・寺尾の二村に接し、北は南田島村に至れり、四方五町(約545.45m)余、水陸の田相半し水旱共に患あり、民家二十八、河越城附の村にして領主は城主の遷代に同じ、検地は元和二年(1616年)・同七年(1621年)・慶安元年(1648年)時の領主糺せり、其後元禄七年(1694年)柳沢美濃守領主の時、武蔵野新田を検地す、其地は今福村の辺にて、当所よりは一里(約3.93km)許を隔てし飛地なり、則この村の持なり、

高札場

村の南の方にあり、

小名

内どふ

河原町

自在袋

九十川

艮(北東)の方木野目村より村界ひを西南の方へ流れ、新河岸川と合て、又木野目村へ沃げり、川幅十間(約18.18m)或は十五六間(約27.27m〜29.09m)に及べり、

南田島橋

九十川に架す、長六間(約10.91m)、

新河岸橋

是も九十川に架す、長十二間(約21.82m)なり、

稲荷社

村民の持、