【和名抄】所載合郷七(入間郡)
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麻羽
安佐波と訓す、今上下浅羽北浅羽の三村あり、又浅羽郷と号する所凡て十村、浅羽庄と号するもの五村、合村十五に此唱あり、其余高麗郡内上新田・中新田・藤金村等も此庄を唱ふ、麻羽を浅羽と書改しは後のことなるべし、
大家
於保也介と註す、今大在家村あり、是大家の唱の転ぜしなるか、
郡家
或は云今の久下戸村ならんと、されど郡家は当郡に限らず、諸郡にこれあり、郡署を置れし処にて郷里の名には非ず、されば今の入間川村の辺などにて、則郡の本郷入間の地なるにや、
高階
太加之奈と訓す、今其遺名をしらず、
安刀
或は云秩父郡安戸ならんと、然るに彼地は郡界より比企の一郡を隔てたれば当れりとも思はれず、
山田
也万多と訓す、今郡内郷名に唱ふるもの三村、又庄名に唱ふるもの川越城下を始として合村五十余の多に至る、其庄名の内大仙波村は大抵中央に在て小名に山田と云所のこれり、土人の伝へに古駅亭の跡なりと云、
広瀬
比呂世と訓す、今高麗郡の内に広瀬村あり、もし此処ならんには後世郡界の変せしこと知べし、