入間野(入間郡)

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入間野

今入間川藤沢の辺に入間野の名遺れり、則武蔵野の名残なり、年々に田畝開けて原野は狭まりたれど今も田畝に積れば四十町(約39.67ha)許の地なりと云、昔此辺より府中の辺までも一面の曠野にて、これを武蔵野と号せしが、其内当郡にかゝる所をば入間野とも云しなり、【東鑑】建久四年(1193年)二月廿五日の条に、於武蔵国入間野有追鳥、狩藤沢二郎清親、施百発百中之楊芸穫雉五、穫鶬廿五之名、将軍家御感之余、所駕給之、御馬号一郎自令引之給云々、この狩の様その曠野なりしことを察すべし、