富士山村(入間郡・山口領)
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富士山村は多磨狭山に傍ひたる村なり、狭山の中腹に富士浅間の社あり、故に其所を富士山と呼ぶ、かの富士山は今村の外なれど昔は村内に属せし故、富士山村と号し今も唱をかへずと云、此村古はすべて宮寺町の内なりしよし、正保(1644年〜1648年)図にはいまだ分村せず、其後一村と成し年代は伝へず、家数二十六、東は高根村に接し、南西はすべて多磨郡の地にして、その内南は箱根ヶ崎村に隣り、狭山の山上を界とす、西も同峰を界として長谷部新田なり、北は二本木村にさかふ、東西四町(約436.36m)南北十二町(約1.31km)許、陸田のみにして水田はなし、地頭は太田三郎兵衛其先祖某寛永二年(1625年)に検地せし、水帳にて貢税を収むと云、村内に八王子より日光山へ通ふ道かゝれり、幅三間(約5.45m)余なり、当村江戸よりの行程は十二里(約47.12km)程にて、川越の城よりは五里(約19.64km)許西南にあたれり、
高札場
村の中央にあり、
小名
権現山下
富士山下
稲荷山下
狭山
村の南の方多磨郡の界にまたがれり、山の高さ凡一町(約109.09m)余にして、東の方高根村の方に続く、
稲荷社
村の産神なり、村持、