富士山栗原新田(入間郡・山口領)

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富士山栗原新田は河越城より坤(南西)の方五里(約19.64km)を隔つ、以下坊村に及まで里数同じ、江戸よりの行程は前村に同じ、この村前村の新田に属して、唱の異なるは故あることにも非るべし、栗原の名をそえたるも詳ならず、戸数十七、東は二本木村に接し、南は駒形・高根・富士山の三村及び多磨郡箱根ヶ崎村に続き、西は三木村に界ひ、北は木蓮寺・峰・寺竹及び多磨郡今井村に堺へり、東西六町(約654.55m)余、南北十七町(約1.85km)に及べり、村内畑のみにして、又林十六町(約15.87ヘクタール)余、原野五段(約4,958.68m2m^2)余あり、村内に青梅町より扇町屋への往還あり、道幅三間(約5.45m)許、此村のひらけしは七八十年前のことなり、それより打続きて御料所なり、検地は明和九年(1772年)久保田十左衛門糺せしと云、

小名

前原

宮原

富士山

大日塚

内地

子安権現社

村の鎮守なり、村持なり、

八幡社 村の持、