峯村(入間郡・入西領)
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峯村は塚崎村の西に並びて、南は大久保・大塚の二村に隣り、西は成願寺村にて、北は新堀村なり、東西五町(約545.45m)、南北四町(約436.36m)、陸田多くして水田少し、家数十軒、御入国の後御料及び大久保新八郎・同久六が知行入会の地なりしが、御料の方は宝暦年中(1751年〜1764年)清水殿の領地となり、寛政年中(1789年〜1801年)より又御料所となれり、私領は今もその子孫大久保筑後守・同源之丞が知る所なり、検地は寛永十二年(1635年)時の御代官市川孫右衛門糺せり、宝暦年中(1751年〜1764年)に至りて新墾せし所有しかば、同九年(1759年)御代官青山市左衛門糺せり、
高札場
村の北にあり、
小名
大河原
後前
葛川
村の中ほどを流る、大久保村より入て塚崎村へ達す、川幅三間(約5.45m)程、
稲荷社
百姓の持、
福生寺
新義真言宗、今市村法恩寺門徒なり、本尊十一面観音を安ず、