金田村(入間郡・入西領)
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金田村は比企郡に隣れる地なり、案に今市村法恩寺の年譜に載する将軍氏満が出せし文書に、武蔵国入西郡浅羽郷内金田在家一宇田畑云々の文あり、是応永四年(1397年)五月三日の状なり、されば此辺古の浅羽郷の内にて旧きよりの村なること知べし、家数十余、東は沢木・戸口の二村に接し、南は中里・塚崎・新堀の三村に境ひ、西は今西・竹之内・小山・牛久保の四村に交はり、北は比企郡石坂村に隣り、越辺川の中流を界とす、東西三町(約327.27m)余、南北も同じ、水田多く陸田は少し、元より川に添たる地なれば水損ありと云、検地は承応三年(1654年)地頭多田所右衛門糺せり、所右衛門は代々当所を知行して、今も子孫孫十郎知行せり、
高札場
村の南にあり、
小名
あらいざいけ
町田
堀田
はらまき
越辺川
村の北部界を流る、西の方牛久保村より来り、東の方沢木村に達す、川幅四十間(約72.73m)、平常は七八間(約12.73m〜14.55m)ばかり步行渡りあり、又此川に添て堤あり、高さ八尺(約2.42m)程なり、
神明社
村の鎮守なり、
稲荷社
以上の二社は村持なり、
阿弥陀堂
村の持、