日和田山(高麗郡)
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郡の西北にあり、山足より絶頂に至まで、十五六町(約1,636.36m〜1,745.45m)許、東北は清流村にて、西南は高麗本郷に亘れり、其山は栗坪・梅原・清流・高麗本郷、の四村入会の秣場なり、
絶嶺に享保年中(1716年〜1736年)、聖天院三十五世、隆徹が立たる、宝篋塔あり、其下に金毘羅社、秋葉権現社あり、又その南にあたり、山腹に古塔の破砕せるものあり、銘文に、貞和第四(1348年)戊子十一月十一日、比丘□□立と仄に見へて、只基石のみ全し、
扨、山の中腹より下は、杉松及び雑木生ひしげりて縈回し、それより上は峻巌険路にて、匍匐して登る所などもあり、或は東の峯を雌日和田と云ひ、西の峯を、雄日和田と称すと云り、
此山は郡中第一の高山なり、絶嶺よりのぞむところ連山群嶽、蒼々靄々として、東観西瞻眼に遮るものなし、只西南の間に、兀然として聳へたるものは富士山なり、