坊村(入間郡・山口領)

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坊村も宮寺郷の内にて、江戸より行程十一里(約43.19km)、民戸三十五、東は中野、矢寺の二村に界ひ、南は高根・富士山及び二本木の三村に接し、北は二本木村に隣れり、東西四町(約436.36m)、南北二町(約218.18m)、陸田のみなり、村の巽(南東)に六反(約5,950.41m2m^2)余松及び雑木生茂れる林あり、当村御入国の後、正保(1644年〜1648年)の頃までも長尾庄右衛門が知行所なりしが、後御料所となりしより今に御代官支配せり、検地は寛文十二年(1672年)中川八郎左衛門たゞせり、

高札場

村の西にあり、

小名

にい塚

砂久保

田端

滝海道

小御堂前

大聖寺

高滝山遍照院と号す、新義真言宗、多磨郡中藤村真福寺の末なり、本尊地蔵、

不動堂

大子堂

村持、

金蔵寺

本山修験、笹井観音堂配下なり、